自閉症 渡の宝箱

自閉症の渡が、日々起こす騒動や療育についてとシリコンバレーでの起業、生活を綴っています。

9. 私が血液のがん悪性リンパ腫の末期だった話。始まる保険会社との戦いと周囲の人たちへの説明

きのうサポート団体について書きました。

www.yumikubo.com

 

ここに書き忘れたのですが、Oncology(腫瘍科)の看護師さんもサポートグループはたくさん知っています。なので、「送り迎えがうまくいかないので、だれかサポートグループをしらない?」とか、「不安なんだけど、がんの人たちのサポートグループ知らない?」とか、「洋服の肌ざわりのいいものを紹介してくれるようなグループはないか?」等々なんでも聞いてみてください。彼女たちはこの世界の知識の宝庫みたいな人たちですので、いろいろ教えてくれると思います。ぜひぜひどんな小さなことでもこのOncology(腫瘍科)の看護師さんに聞いてください。私は、治療する時の服装まで聞きました。

 

さてさて。

告知があってから先生からは、「免疫治療を行う。4回の治療のためと、4回の予防のため」という話がありましたが、この免疫治療を保険でカバーするということが認可されないと治療はおこなわれないとのこと。なので、ひたすら保険会社がこの治療をカバーするということを認めるまで待ちます。私の場合、この保険会社との交渉を担当看護師さんが担ってくださって、必死で交渉してくださいました。この交渉が終わらないと治療は始まりません。待ち時間になりました。

 

ではこの免疫治療というのはなにか?という話から。

私は、お仕事でご迷惑をおかけするであろう方や、渡の面倒を見てくださる方等々に

「実は、私は悪性リンパ腫という血液のがんで。普通は10万人に数人にしかかからないので、あまり知られてないがんなんですが」というお話をしました。この頃、私から話をと聞くとみなさん驚かれて、泣かれる方もいて

「大丈夫だよ。私、死なないから」と慰めるのが大変でした。うーーん。ガンなのは、私なのだけど。(笑)珍しい病気なので、わかりにくいので、わかってもらおうと思って焦ってしまって、最初に数値などを持ち出すのは良くないということに気がつきました。驚かれるのも想定外だったので、まずはどうしたら、私が治るかの説明をできるかと考えました。免疫療法(英語ではimmunotherapy)という言葉もなんだか、あまり聞いたことのないような言葉で、効き目も少なさそうな言葉に聞こえるのではないか?なんとなくおまじないのようで、本格的な治療を拒否してるように聞こえるのかな?と思い始めました。抗がん剤というのは、いままで多く使われてきていますので、理解もできますし効き目がありそうです。まずはこの治療方法を誰でも理解できる言葉にするのがいいのでは?と思い、考えてこういうストーリーを話すことにしていました。

 

私の免疫療法という治療法の説明

まずはみんなが学んだ小学校のクラスをイメージしてください。

クラスには、必ず一人は行動がよろしくない子がいるものです。その子の名前を

仮に脳天気君にします。能天気くんは、どこのクラスにも必ずいるわんぱくで、いたずらっ子。けど、いつもはしっかり者のかわいい「ケアリングちゃん」という女の子のいうことならよく聞いて、普段はクラスではケアリングちゃんの指示のもと、いい子におとなしくしています。これでクラスは静かで楽しく平和を保っていました。

 

ところがケアリングちゃんがある日病気になってしまって元気がなくなり、クラスでは、なにもできなくなってしまいました。ケアリングちゃんがしんどくなって、なんだか病気で話すこともできなくて、うごけなくなってしまったのです。ケアリングちゃんはクラスの中で、能天気くんの悪い行動を怒ったりなだめたりをすることができなくなりました。だれにも注意されなくなった能天気くんは、クラスで暴れたい放題。クラス全体が疲弊して、うまくまわらなくなりました。

この疲弊してしまったクラスが、今の私の体です。

能天気くんというのは私の血液のがん細胞のこと。がん細胞というのはどの人も持っています。どのクラスにもわんぱくな子供が存在するように。ケアリングちゃんというのが、免疫細胞です。この細胞があるので、普段はがんを発症しないでいます。免疫細胞がケアリングちゃんのようにがん細胞の能天気くんをなだめてくれていたのですが、今は力がなくなってしまったので、能天気くんというがん細胞が私の体に増え暴れています。なので、今から受ける治療は「ケアリングちゃん」を体内に大量に作りだし、能天気くんの動きを元のクラスの時のように抑えること。元の体(元のクラス)に戻すこと。それが免疫治療です。

 

抗がん剤治療というのは、この能天気くんを殺してしまうこと。そのまわりにある疑わしい生徒も一緒に殺してしまうのが抗がん剤治療です。

局部にできたがんの場合は、この抗がん剤治療のほうが有効な場合が多いと思います。

以上が考えた周りへの説明です。

 

この説明で多くの方がわかってくださいました。当たらずとも遠からず…..のたとえなのかなとおもいつつ。これで多くの人が理解してくれて、がんというものは恐ろしい見たこともない治らないようなお化けのようなものではなくて、身近にあるもので、早期発見、早期治療で治る可能性が高まるということを理解していただけたのでは?と思います。驚く人もいなくなって「なにかお手伝いできることがあったら、いってね。ご飯は大丈夫?送り迎えは?」等々すごく嬉しいお手伝いの言葉をかけていただきました。本当にありがたい限りです。病院の送り迎えの手配ができないようなことになったら、お願いしますと、助けて欲しいことなどを明確にして、おねがいしました。

 

さらに、保険会社からも「今はまだ免疫治療の保険カバーを認めない」忠告のメールが。

「今、あなたが免疫治療を開始しても今は保険がカバーしないからね。全て自腹で払ってね。」というのまで送られてきました。アメリカっぽいわー。これから精査するらしいということです。

看護婦さんが、保険会社と戦いまくってくれているようで私には、絶対にこの治療が必要だと説明してくださっている模様でした。

どうも治療はすぐには始まらないということがわかって、お医者さんからは、走ってもなにしてもいいといわれたので、とりあえず5kmマラソンに出場。

タイムはイマイチだったけど、走ると気持ちよかったし、走ってる間は暇なので、いろいろ考えることができて、頭もすっきりできました。

 

この頃はあまり自覚症状もなかったので走れたけど、今考えたら、やはり全身だるかった感じがあります。治療になると抗がん剤のように吐き気もないし、なんでもできるといわれたけど、やはりちょっとは心配しました。

<この頃にあったら、嬉しかった支援>

治療が始まるまで、どんどんガンが進んでしまうんじゃないか?大丈夫なのか?という不安がありました。けど、どうしようもないので、お友達と一緒にご飯を食べに行ったり、ガン以外の話をするのがすごく気分が紛れました。仕事のほうは、開発リーダーが抑え気味にしてくれていたので、出張などもなく、穏やかでした。

さらには、治療が始まったら、食べれないかもしれない。といって、大好きなステーキも山のように食べました。治療が始まってもたぶん食べれるよという専門家の声には「食べれたら食べれたで、その時も食べる」と言いながら、食べていました。

お酒も飲み納めと思い、お友達とどんどん飲んで、会いたい人には、次から次へとアポイントメントをとって会っていました。この時期は、会ってくれたり他愛もないことを話せるお友達がいてくれたこと、お友達が時間を取って相手してくれたことがなによりも嬉しかったです。