自閉症 渡の宝箱

自閉症の渡が、日々起こす騒動や療育についてとシリコンバレーでの起業、生活を綴っています。

自分の誕生日ってひとつじゃない人もいるし、わからない人もいるという話

日本で足を痛めた私。日本でお医者さんに、

「アメリカに帰ったらちゃんと先生についてね」

と言われていたので、整形外科の病院に行きました。朝一番の予約を取りました。娘が病院で

「足が痛いと階段とか、歩行とかモタモタしてしまうので」と心配してついてきてくれました。

待合室で待っている時に、元気な男性の人が受付の人に大きな明るい声で、

「あのさ、俺の誕生日ってX年X月X日で合ってる?」

って聞いていたので、

「えっ?自分の誕生日をわすれちゃったの?なんの病気なんだろう?」って思ってしまいました。若年性認知症になるには若すぎる感じの年齢です。

受付の人が笑うこともなく真剣に、

「それであっています」と答えたら

「レバノンから出てくる時にさー。誕生日をいつって決められたか、覚えてなくて」

えっ??そんなことになるの?と思うわたし。

多分彼はレバノンの内戦(1975年から15年くらい続いた)あの時に、巻き込まれた人だ!とわかりました。

彼は自分の誕生日を初めて会った病院の受付女性に聞くということが少し恥かしかったのか、顔を少し赤くしたところで、受付の女性が言いました。

「私の友達のお兄さんも親族も自分の誕生日がわからないっていう話をしていました。あの時は本当に大変でしたね」と話している。男性はちょっとホッとした顔をして受付手続きを終えました。

私は、戸籍がある日本に生まれ育立ち、自分の誕生日がわからなくなるということもなかったし、そういう人に会ったこともなく、今まで来ました。

なんか胸が締め付けられました。

やっぱり戦争って絶対にしちゃダメだよ。自分のアイデンティティまで失ってしまうこと起こるから。と思った日でした。

 

美味しい日本酒をいただいた

日本から持って帰ってきた日本酒をお友達と飲んだ。なかなか入手困難な日本酒もあります。開発リーダーも参加したので、各じざけのことは、詳しくはそちらのリンクをどうぞ。こちらに貼っておきます。

www.seihiguchi.com

麒麟山 輝 (かがやき)

みむろ杉 木桶菩提酛 (きおけぼだいもと)

おらが純米 (純米吟醸)

かっぱ 特別純米 超辛口

 

この4本を飲んだわけすが、どれもそれぞれ完璧だと思うような部分があり、もう非の打ち所がない。かっぱ(←黄桜じゃないよ)明らかに麒麟山やみむろすぎとは違って、普段のみのお酒ですが、普段のみがこんなにスッキリ感があるのがいい。昔の粗野な感じのお酒かなと思ったら、飲んだら喉越しがいいし、あの酒臭さを感じながら、日本酒が飲める。

すごいわけだった。

おらが純米は福島からあまり出ないので、貴重。

いい日本酒会でした。

お友達と飲むお酒は本当に最高、お付き合いくださったお友達、ありがとーーー!!!また飲もうね。

 

お弁当の献立を考えていて思い出した、同級生のオカンの弁当の話

明日のお弁当の献立を考えていたら、ふと高校時代の懐かしい出来事を思い出しました。

私が通っていた高校のクラスは、男子の数が圧倒的に多い、まるで男子校のような環境でした。

クラスの男子たちはとにかく食欲旺盛!2時間目が終わるやいなや、持ってきたお弁当を早弁し、お昼休みにはさらに学食へ行ってラーメンや定食を食べる……。それでも彼らのお腹は満たされないようでした。

そんな男子たちの中に、お母さんにいつも「もっとご飯をぎゅーっと詰めて!」とお願いしている子がいました。

彼が使っていたのは、アルミニウム製のお弁当箱。

プラスチックのタッパーとは違って頑丈なので、上からぎゅーっと押し込みやすい形です。彼も「これならもう少し多く入るはず」と思ったのでしょう。

毎日のように「もっとぎゅーっと押して、たくさん白米を入れて!」とお願いしていたある日のこと。

2時間目が終わった休憩時間、私の隣で早弁をしようとした彼が「あっ」と小さく声を上げました。

どうしたのかな?と思って見てみると、彼が困った顔で一言。

「……箸が折れた。」

たまたま学祭か何かの準備で、割り箸のストックを複数持っていた私は、彼に1膳譲ってあげました。彼はとても喜んでいましたが、私の頭の中はハテナマークでいっぱいです。

(なんで柔らかい白米を食べているだけで、あんなに硬い箸が折れるんだろう……?) 
お箸を折って帰ったら、お母さんに怒られるんじゃないかな?と心配になり、翌日彼に聞いてみました。

「ねぇ、昨日お箸を折っちゃったこと、お母さんに怒られた?」

すると彼は、「いや、オカンは爆笑してた」と言うのです。

理由を聞くと、実はお母さんから衝撃の告白があったのだとか……。

「あんたがあまりにも『ぎゅーっと、ぎゅーっと!』って言うからさぁ……。私は、お弁当箱に山盛りの白米を入れて蓋を軽く置いたあと、その上に座って自分の体重をかけて、ぎゅーっと押し込んでたのよぉ。」

 

ちなみに、彼のお母さんはどちらかといえば「ふくよか」なタイプ。

そりゃあ、大人の体重でそこまで圧縮して白米をカチカチに固めたら、お箸も折れるわけです!(笑)

そんな懐かしい思い出が急に蘇ってきて、夜中に一人で笑ってしまったのでした。

 

言葉を超えて動いた手。「旅」という環境が息子を変えた日

日本の実家へ帰省していたときのこと。息子の渡と散歩から戻ると、お向かいの家の前で、郵便配達のバイクが倒れているのが見えました。若い女性の配達員さんが、重いバイクが倒れてしまい持ち上げられなくて動けなくなっています。散乱する郵便物。

慌てて駆け寄り、「助けますね」と声をかけると、彼女は私たちの存在に気づき、「いえ、重いですから」と遠慮がちに言いました。
「重いから、助けますね」
そう返すと、彼女の目に涙が浮かぶのが見えました。

昔のようなのんびりとした自転車配達とは違い、今の配達バイクには、制限の限界まで重い荷物が積まれているのでしょう。渡と一緒にバイクを起こそうと力を入れましたが、確かにものすごい重さです。幸い、渡は日頃からジムで筋トレを続けているおかげで、なんとか一緒に持ち上げることができました。

彼女が何度も渡に「ありがとうございます」とお礼を伝えてくれると、渡はなぜか英語でこう答えました。
「僕、筋肉あるから(I have muscles)」

私は、思わず心の中で「なんで今、自分のアピールやねん!」とツッコミを入れてしまいましたが、ひとまず彼女に

「ご苦労様です。本当に重いので気をつけてくださいね」と伝え、その場を収めました。

アメリカに戻った後、渡はこのエピソードを、大好きなジムのトレーナーさんに必死に伝えていました。言葉が足りない部分は、付き添っていたお姉ちゃんが通訳をしてくれます。

話を聞いたトレーナーさんは、渡にこう語りかけてくれました。

自閉症の渡が、困っている人を見てすぐに行動を起こせたことがまず素晴らしい。そして、鍛えた筋肉を『人を助けるため』に使ったというのが最高に素敵だ。自閉症の人は、突発的な事態に気づいても、それを言葉にして助けを申し出たり、実際に動いたりすることに強い緊張を感じて、ワンテンポ遅れてしまうことが多いからね。渡、お前はすごいよ。さすが俺の親友だ!

この言葉に、渡は誇らしげに満面の笑みを浮かべていました。

 

以前の渡であれば、きっとあの場で固まってしまっていたと思います。
けれど、言葉や文化が違う日本での滞在を通じて、「自分から話さないと通じない」という環境に身を置き、彼なりに挑戦し続けていたからこそ、あの瞬間、自然と体が動いたのかもしれません。

環境を変え、日常から飛び出す「旅」をすること。それは自閉症の彼らにとっても、大きな成長のきっかけになるのだと深く感じた出来事でした。

なぜかひょうきんものの渡

無事にアメリカに到着しました。

そうそう、成田空港で面白いことがあったので書き残しておきます。成田エクスプレスの中で、兜のお煎餅を渡に見せて、「こうやってかぶるものだよ」とか教えておりましたが、この知識が、すぐに使えるようなことが空港でありました。

セキュリティゲートを通り、制限エリア内にある本屋さん「改造社書店」の近くを通ると、広場で「日本文化体験コーナー」が開催されていました。

なんとそこでは、本物の兜などを試着させてくれるとのこと。 係の方の「どうぞ、試していってください!」という声に誘われ、渡がいそいそと体験に向かいました。

兜鉢(かぶとばち)だけでなく、胴や草摺(くさずり)まで本格的に着装させてもらい、まずは軍配団扇(ぐんばいうちわ)を手にポーズ。

次は刀を構えて。

こういう時のノリの良さを見ると、「やっぱり大阪の血が流れているんだなぁ」と、見ていて可笑しくなってしまいます。

軍配団扇には「風林火山」の文字があったので、本人的には(おそらく)武田信玄になりきっていたはず。もっとも、渡が信玄のことを知っているかどうかは怪しいところですが……。

まあ、本人がとにかく楽しそうだったので、親としては「よかった、よかった」と大満足。旅の最後に、素敵な思い出が一つ増えました。

 

さて、帰ろう!

朝からみんなで大浴場へ行き、さっぱりと身支度を整えます。湯船に浸かりながら香穂といろいろな話を送り、今回の旅行を振り返るひととき。 彼女は多くの友人に一気に会えたようで、大満足の様子でした。一方、ずっと一緒に過ごした渡については、成長を感じる場面もありましたが、生活面では「もう少し配慮して改善してあげたいな」と思う部分も見つかり、母としての課題も再確認しました。

さて、部屋の忘れ物を確認して、いざ空港へ。 空港には、各地で購入した日本酒や手土産を配送してあるので、到着後に最後のパッキングが待っています。移動は、バスが苦手な私のこだわりで「成田エクスプレス」。

渡は、お姉ちゃんの友達からもらった「こどもの日」の鯉のぼりせんべいパックを、それは大切そうに持っていました。相当嬉しかったようです。 なかでも大きな「兜(かぶと)」の形をしたおせんべいには大喜び。

私が「これは兜だから、こうやって頭に被るんだよ〜」とジェスチャーで見せていたら、それを見ていた後ろの席のアメリカ人が大ウケ!当の渡は「ふーん」とクールな反応でしたが、図らずもアメリカ人の方に笑いを届けてしまいました。

予定通り、少し早めに成田空港に到着。 パッキングは「私一人でやるわ」と言っていたのですが、結局、子供たち二人が手伝ってくれたおかげで、あっという間に終了。

最後のご飯は、渡が「うどん」、香穂が「お寿司」とリクエストが分かれたので、それぞれ好きなものを食べて無事に終了。二人とも、もう日本に思い残すことはないようです。

私はといえば、父にも会えたし、読みたかった本もいろいろチェックできました。何より、家族で久しぶりにゆっくり過ごせたことが一番。本当にいい旅行になりました。

帰ったら、またバリバリ働きます!(日本滞在中も、ちょこちょこ働いてはいましたけれどね)

さて、アメリカに向かいます。

「お口クチュクチュモンダミン」が悲しく響いた日:神田駅の迷子と50冊の戦利品

さて、日本滞在の最終日です。明日の飛行機でアメリカに戻るので、今日が買い物のラストチャンスでもあります。

香穂はお友達とお昼に出かけたので、私と渡はのんびり大浴場に入ってから外出の準備。ランチは渡と二人で、東京駅ラーメンストリートの「ソラノイロ」へ向かいました。

渡が「どうしても最後に食べたい!」というラーメンにお付き合い。渡は醤油。

私は辛いもの好きなので、こちらをチョイス。

歩いていて気づいたのですが、東京駅には「ラーメンストリート」の他に「ラーメン横丁」といったエリアもあるのですね。「これは何だ?」と。次回の帰国までにしっかり調べておかねば。どこが美味しいのか、醤油系で辛いのが好きな私にはどのお店が合うのか……リサーチが楽しみです。

さて、最後に行きたい場所といえば、私にはあそこしかありません。渡も行きたいというので、目的地は決まり。

三省堂書店神田神保町本店です。 ここで長い時間本を物色していると、香穂からも「合流したい」と連絡があり、現地で待ち合わせることに。

あいにくの雨でしたが、お姉ちゃんが来るとわかった途端、渡は大喜び!慌てて1階まで降りていき、玄関でお姉ちゃんの到着を待っています。「お姉ちゃん、迷子になってるんじゃないかな?」と心配している様子。

……いや、立場が逆でしょ(笑)。いつも迷子になるのは渡の方です。どこまでお姉ちゃんが大好きなのか……呆れるくらい仲良しの姉弟です。

香穂も本が大好きなので、そこからさらに長いことお店を物色。色々買い込んで夕方になったので、一度東京駅経由でホテルへ戻ることにしました。

それにしても、荷物が重い。すごく重い!手が痛くなるほどの荷物を抱えて神田駅へ向かったのですが、ここで問題勃発!!

「荷物が重いから、しっかりついてくるんだよ」と神田駅の1階の改札を入る前に、渡に念押ししたのですが、時は夕方のラッシュ時間。神田駅のホームで「お口クチュクチュモンダミン」のメロディを聴きながら階段を上がったら、後ろにいるはずの渡がいないのです!

香穂と私で「何してるのよー!」と焦りまくりますが、姿は見えず。ホームに流れるモンダミンの曲が、ただひたすら悲しく響きます……。


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香穂がダッシュで1階まで探しに戻ると、すぐに渡を発見。どうやら駅構内の看板をスマホで撮りまくっているうちに、私たちを見失ったようです。見つかった時の渡は、パニック寸前で必死に私たちを探していたとのこと。

見失ったのは1分足らずでしたが、「今生の別れ」にならなくて本当によかった。その後、香穂から「写真を撮るなら待ってって言いなさい!」とこってり絞られていました。

さて、大量の本は無事にホテルへ持ち帰りました。仙台でも購入しているので、「自分用の本だけで何冊あるの?」と子供たちに突っ込まれ、数えてみることに。

結果、ピッタリ50冊。 「まあ、これだけあれば半年は大丈夫かな」と思ったのですが、この時点で既に3冊完読……。本当に半年持つのか、非常に不安です。

さて、明日のフライトに向けて、これから3人でパッキングに挑みます!

気が弱い詩人に思いを馳せて。帝国ホテルでの兄弟時間。

昨日は病院へ駆け込む前に、渡のリクエストで長崎ちゃんぽんをいただきました。 これが、なかなか美味しかった! 久しぶりに食べたからというのもありますが、旅行中はどうしても野菜が不足しがちなので、たっぷりの野菜が体に染み渡るようでした。

今朝は「みんなで日本のモーニングを体験しよう!」ということで、3人で「高倉町珈琲」へ。

お店へ向かう道すがら、立派な銅像がありました。「なんだろう?」と思って見てみると、どうやら萩原朔太郎にちなんで建てられた像のようです。

萩原朔太郎……。中学校の頃によく読んだなぁ、と懐かしくなりました。でも、当時一番よく読んでいたのは中原中也だったかもしれません。あの頃の私は、なんだか「気が弱い詩人」に惹かれるところがあったようです。当時の自分を思い出し、少しノスタルジックな気分に浸ってしまいました。

そんなこんなで高倉町珈琲に到着。

いただいたスフレホットケーキに子供達、驚く。美味しい。

さて、今日は兄弟と再会する約束の日です。父の近況などを報告し合いながら、一緒にお昼をいただこうと話していました。父は今も元気で、頭もしっかりしているので、私たち兄弟も一安心。そんな安堵感の中での集まりです。

どこで食べようか?という話になり、「たぶん空いていないとは思うけれど……」と、私がメンバーになっている帝国ホテルに問い合わせてみることに。すると、運良く「レ・セゾン」のメンバー席に空きがありました。 兄弟それぞれ忙しく、全員のスケジュールを合わせて食事をする機会はなかなか作れないので、本当に貴重な時間になりました。

一通りのコースを堪能しました。いただいたコースはこんな感じ。

ワインは2種類飲んだのですが、1種類は撮影忘れた。

「美味しかったね」と言い合いながら、兄弟とはまたの再会を約束して別れました。

さようなら、帝国ホテル。また次回!

 

明日は3人で出かける予定ですが、香穂はまた別のお友達とランチだそう。 「渡が行きたいところに行こうか?」なんて話しています。

日本に帰ってくると、なんだかんだでいつも時間が足りなくなってしまいます。それだけ充実しているということなのでしょうが、やっぱり名残惜しいものですね。

おじいちゃん、さようなら。また来年と渡が父に伝えた日

実家での最終日。昨日は狭山池を歩いた後、家で「作り置き」に精を出しました。 父が大好きな肉じゃがや、餃子などをひたすら作りまくります。

餃子は冷凍しておけば父が自分で焼けるので、とても便利。 実は、父は市販の餃子を食べると胃が痛くなるそうで、私もそれが遺伝したのか、同じことが起こります。なので、我が家の餃子は必ず「手作り」がルール。

昨日は香穂が難波で友達と会ってから早めに帰宅し、餃子作りを手伝ってくれました。おかげで100個近い大量の餃子が完成! 父はこれを、庭で収穫したスダチとお醤油で食べるのがお気に入りです。スダチはシーズンの終わりに全て収穫して汁を冷凍保存しているので、一年中楽しめるのだとか。

昨日は日差しにも恵まれ、布団干しや洗濯など、溜まっていた家事も一気に片付けることができました。

さて、本日は東京へ向かう日です。

東海道新幹線に乗って、今回の旅の「新幹線乗り納め」です。

新大阪を出る際、周りに人がいなかったので、少し早めのお昼ご飯。 「たこ昌」はあまり好みではないので、「くくる」のたこ焼きを選びました。

電車が出発してしばらくしたら、本格的なランチタイム。 子供たちは日本の駅弁が大好きなので、それぞれ好みのものを買い込みました。

私と香穂は城崎名物「かに飯とすき焼き弁当」。 渡は、紐を引っ張ると温かくなる「神戸のすき焼きとステーキ弁当」です。 「冷たいお弁当は食べたくない」という、自閉症あるあるのこだわりを持つ渡ですが、この紐を引いて温かくなるタイプは大のお気に入り。

お腹がいっぱいになったら、あっという間に品川に到着しました。

宿泊先は、渡の希望で大浴場がある大井町の「アワーズイン阪急」。 1階に渡が大好きな「長崎ちゃんぽん」のお店があるのもポイントです。それにしても、どうして彼はこんなに大浴場が好きなのか……。私も大好きなので、これも遺伝かもしれませんね。

夜、香穂は東京の友達と会うためにお出かけ。 一方の私は、今回の旅行で膝の痛みがピークに達し、ついに整形外科へ行く決心をしました。お風呂に入っても痛みが引かなかったので、ホテルで留守番できるという渡の言葉に甘え、夕方の病院へ駆け込みました。

待ち時間なく診てもらえましたが、先生は見るなり一言。 「そりゃー、こんなに腫らしたら痛いわ。注射一本するからね」 痛み止めを打ってくれるのだと思い、私はホッと胸をなでおろしました。

不安になって看護師さんに「注射は痛いですか?」と聞くと、「そうねぇ、最初はチクッとするかな」とのこと。最初だけなら……と覚悟を決めてベッドに横たわりました。

ところが、治療が始まると……痛い。なんだか、すごく痛い! 針が抜ける気配もなく、ふと足元を見ると、液体がどんどん吸い出されているではありませんか。 そこで気がつきました。これがあの有名な「膝の水を抜く」というやつだ!と。

「痛いです!注射嫌いなんです!」と訴えると、先生は笑いながら「注射好きな人なんていないよ」と言いながらも手を休めません。ようやく終わって見せられたのは、軽く200ccはある不気味な液体。怖すぎます……。

でも、処置が終わると足の腫れがスッと引くのが分かりました。

「今日はお風呂とシャワーは控えてね」と言われ、病院に来る前に大浴場へ行っておいて本当に良かったと痛感しました。

今夜はもう無理をせず、本を読みまくって過ごすことにします。 明日は兄弟に会う予定。とにかく今夜は静かにしておこう、そう心に決めた夜でした。

狭山池の龍神様と朝の散歩

実家で過ごす数日間。 渡(わたる)は環境の変化に興奮しているのか、朝からハイテンション! 早起きして、疲れ果てている香穂やおじいちゃんを起こしてしまっては大変です。あまりにパワーが有り余っている様子なので、発散させるべく朝からお散歩に出かけることにしました。

我が家の近くには、日本最古のため池「狭山池」があります。 池のほとりを歩いていると、鶯(うぐいす)の鳴き声がとても綺麗に響いていました。


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どんどん歩いていきます。 一周約2.8kmの周回路は、ランニングをする人やワンちゃんの散歩をする人など、たくさんの人が思い思いに過ごせる、綺麗に整備された道です。

私たちは「大阪府道202号 森屋狭山線」側の入り口から入ったのですが、ちょうど対角線上にコメダ珈琲があるので、そこでの休憩を目標に歩き始めました。

ようやくコメダに到着して一休み。

美味しかったー!渡も満足したようです。

さて、再び歩き始めますが、ちょうどコメダ珈琲のすぐ近くに「龍神社」があります。

「狭山池」の立派な石碑も。

ここは日本最古のため池ですので、伝説もたくさん残っています。 池に住む龍神様が泳いだ跡が道になったというお話や、池を守るために姿を現したという逸話。江戸時代の改修工事の際にも、龍神様の怒りに触れないよう丁重に祭祀が行われた記録があり、今でも大切にお祭りが続けられています。

実はこの狭山池の龍神様(メス)、なかなかに一途な恋の伝説があるのです。 10kmほど離れた隣町、富田林市の「粟ヶ池(あわがいけ)」に住むオスの龍に会うため、彼女は夜な夜な通い詰めていました。ところが、大きな龍が移動するたびに田畑が荒れてしまい、困った村人たちは一案を講じます。 「そんなに仲が良いのなら、いっそ一緒に住んでいただこう」と。

こうして富田林のオスの龍に狭山池へお引越ししてもらい、二体を一緒に祀るために建てられたのが、この龍神社なのだそうです。なんだか微笑ましいお話ですよね。

大阪狭山市のマスコット「さやりん」も、この龍がモチーフ。 狭山池は桜の名所でもあるので、髪の毛が桜の花びらになっているのです。 

子供の頃は何気なく見ていた地元の景色ですが、大人になり、こうして渡と一緒に歩きながら改めて伝説に触れると、「長い歴史の中で守られてきた場所なんだな」としみじみ感じます。

渡の有り余るパワーのおかげで、歴史再発見の朝になりました。