自閉症 渡の宝箱

自閉症の渡が、日々起こす騒動や療育についてとシリコンバレーでの起業、生活を綴っています。

命について思うこと

講演会をきのう終えたので、フィードバックのメールをたくさん頂きました。私の講演会は、終ってから多くの方がメールをくださるので、うれしい限りです。

講演直後も、質問等に来てくださる方が多く、お話する機会も多いの、講演会をやってよかったなーと思うことの一つです。

こういうメールやお話で思うのですが、この時に

「実は、私は娘が一人いたのですが、病気でなくなって・・。」とか、

「孫が小さいときに亡くなって」

そういう方が結構おられます。

こういう話は、私は胸を締め付けられる思いをしますが、やさしく話されるお母さんやおばあさまのお話に、

「産まれた子供はたしかに命の時間は、短かかったのかもしれないけれど、その子にとって、最高の家に産まれたんだなぁ。」

と思わずには、いられません。

こういうお話を伺うと、日々ぞんざいに子供に接している自分のことを猛省します。


香穂が

「ゆみちゃんさー。今日学校でN君がさー」

なんて話しかけてきても

「もうそれはいいから、早く夜ご飯つくるの手伝ってくれない?」

と、子供を遮ったりしている自分がいます。

渡にしても

「何回言ったら、わかるんだろうねぇ・・。これは、 違うっていったじゃない!渡、静かにしてくれる?」

みたいな、愚痴とも思うような対話をする私がいます。



この<今できている会話>も本当は奇跡だと思うくらいのことなのでしょう。

明日我が家の子供が病気や、事故で死ぬことがないということは、なんの確証もありません。

悲しいことは、想像しないようにすることが人間の本能としてあります。

けど、そういう想像も時には必要なのではないか?と思います。

”いま、突然我が子がいなくなったら・・。”

考えてみると、できるだけ子供の声に耳を傾けて、聞いて行こうという気持ちが湧きます。


子供が毎日健康だと、こういうありがたいことが、普通になって気にもとめなくなってしまう。

先に亡くなった子どもたちに私ができることは、日々、大事に生きてゆくことです。


私たちは、明日の夕方から、ラスベガスに向います。3人で仲良く楽しく旅行してこようと思います。