渡は海がなによりも好きです。今日も時間があったので、渡と香穂(渡の2歳上の姉)と私とでサンタクルーズの海へ行ってきました。
サンタクルーズはサーフィンのメッカである海沿いの町です。現在、香穂と渡には、ボディボード(ビート板を2まわりくらい大きくした発砲スチロールの板にうつぶせになって乗り、波のりを楽しむものです)を教えています。だけど、渡はどうしてもサーフィンのほうが気にいっていて、板の上には寝たくないのです。板の上に立ちたいのです。
サーフィンはフィンがついているので渡には、まだ危ないので、ボディボードで勘弁して、といつも渡に言っています。しょうがないなぁと諦めた渡は、ボディボードにサーファーの人達が波を待っている間にやっているように、またがって乗ったり、落語の人のように正座して乗ったりしていますが、(海で、噺家になってどうする!)彼としては、板の上に立ちたいのです。
ですから、自分の目標とは違うので、納得がいかず、すぐに飽きてしまって、ウェットを着て、いつも波と戯れています。その間、私は香穂のボディボードのお手伝いをしています。しばらくして、私と渡と香穂がビーチで休んでいると、突然、渡がボディボードを手にして、慌てるのです。それで、ボディボードの流れ止め(ボディボードは板が流れないように手首に、マジックテープのバンドをまいて、体から、離れないようにします)を手首に巻け!巻け!とすごく言って慌てているのです。私は、
「渡は、やっとやる気になったか。」と思い、
「このやる気がある時が肝心!このチャンスを逃しては・・。」と、あわてて、流れ止めのリストバンドをしてあげました。渡のほうは、やたらあせっていて、海に向かって走る準備万全という感じです。巻き終わって、
「さっ!一緒に海まで走ろう!」と思って、私が海に向かって走りだすと、渡がついてこない。「えっ!」と思って後ろを振り返ると、渡は岸に向かって走りだしているのです。「渡、海はこっちだよぉ」といいながら渡の走りつく先をみていると、なんと、すっごく奇麗なお姉ちゃんが、サーフィンの板を持って、ウェットをきて、ゆっくり歩いているのです。渡は、そのお姉ちゃんの方に突進してゆき、それから相変わらずのシリアスな顔をして、下をむきながら、
"Hello"
とナンパをしているのです。
そうです。ボディボードを持って同じ格好をしていれば、相手にしてもらえる、と信じている渡です。けど、視線を合わすことが苦手な自閉症児の渡は、顔をみないので、お姉ちゃんはきょろきょろして、まわりをみて、周りに誰もいないなぁ。と思って
「あっ、私に話しかけているのね。」とわかったようです。それで、
"Hello"
と返事をしてもらったのですが、次が進まない・・。言葉に遅れがあるので次の文句が出てこないのです。(けど、ここで5歳にして次の文句がでてきたら、もっと怖いものがあるような気もする・・・)
それから、綺麗なお姉ちゃんは立ち去って行きました。渡はなにごともなかったかのように、ボディボードを投げ捨て、私のほうに歩いてきました。その時、私は、たぶん渡が一番に覚える長文は、
「お姉ちゃん、お茶飲まない?」だろうなぁ。と思った、一日でした。