渡が、7歳の頃の話です。
最近、少しずつ言葉が増えている渡です。先日も、"I want to go to Disneyland"と、壊れたテープレコーダが聞いたら、脱帽するくらい、何度も何度も繰り返していました。もうこれは連れてゆくしかないな。と思い、学校の休みに合わせて、私はロサンジェルスへとハンドルを握りました。彼の目的は、ジャングルクルーズと、スターウォーズと、ミッキーマウスに会うこと。だけど、ただひとつ彼がディズニーランドで、死ぬほど嫌いな乗り物があるのです。それは、 "It' a small world"という乗り物です。
ディズニーランドに行かれた方は、ご存知だと思うのですが、これは、舟のような乗り物にのって、館内をまわるものです。館内には、何百、いえ、何千の子供サイズの人形が、世界の各国の衣装をきて、
♪It's a small world~、It's a small world~、It's a small world~♪としつこいくらいに、歌いまくります。
このアトラクションは、舟がものすごくゆっくりまわり、その上、どの人形もほとんどが自分と視線が合うように設計されています。自閉症の渡が一番苦手としていることは、人と視線を合わすこと。なのに、この乗り物にのれば、生きてもいないのに、パクパクと口をあけて歌までうたう人間もどき全員と、視線が合う訳です。もう彼にとっては、生き地獄です。ですが、彼は、決して人が嫌いなわけではありません。むしろ大好きです。ですので、渡をどこかでみかけたら、声をかけてあげてくださいね。ただ、視線が合わすのが、苦手なだけですので、声をかけてくださった方には、失礼かもしれませんが。大人の人でも、かっこいい人、や、絶世に美女にあったりすると、視線を合わすのってはずかしくなるじゃないですか・・あのノリかもしれませんね。
渡の姉はIt's a small worldが大好きなのですが、渡のために、いつも我慢しています。しょうがないので、彼女は、ディズニーランドの奥にある渡が好きなトゥーンタウンという漫画を意識してつくった街に、行こうとしたのです。そこには、ミッキーの家があるのです。しかし、そこへ行くのにも、どうしても"It's a small world"の前を通らないといけない・・。建物のかけらをみただけでも昔、乗ったことを思い出して、怖くて怖くて仕方がない渡です。けど、他に回り道はありません。
その前を通ろうとすると、渡は、小錦が押しても動かないのでは・・というくらいに踏んばって、もう一歩も前にでません。ただひたすら、"No! No~! No~!"と絶叫しているのです。しかたがないので、私は、
「通るだけだから、怖かったら、ママが背負ってあげるから。」と言ったのですが、泣いている渡は、だんだん昔の恐怖が蘇り、泣き声は大きくなるばかり・・。しょうがないので、無理やり抱きかかえようとすると、彼は、
「あぁ、力づくでは、かなわない・・。このままだとママに連れていかれてしまう・・。どうしよう・・・。どうしよう・・・。オロオロ・・・。」という感じで、泣きながら焦っていたようです。
{これは知恵を絞らねば・・。}と思った、渡。
突然ピノキオのおじいさんになりきったのです。というのも、ピノキオという物語は、悪いサーカス団にピノキオが誘拐されて、おじいさんが心配して、雨の中を捜しまくるというシーンがあるのです。夜中に、心配で心配でしょうがないおじいさんは、ランタンをもち、
「ピノ~キオォォ~!!」と捜しまくるのですが、ピノキオは捕まっているので、出てきません。けどそのことを知らないおじいさんが、必死で叫ぶのです
渡のいい分としては、
「ここは、ディズニーランド。今、ピノキオはいない。僕はピノキオのおじいさんなのだから、ピノキオを探し出すという大事な任務がある。だから、"It's a small world"のほうにいくのではなく、入り口のほうに探しにいかなきゃ!」という感じです。
おじいさんをマネた渡の風貌は、もう腰のまげかた、声の出しかた、すべておじいさんにそっくりで、
{今からピノキオの映画を作るので、おじいさん役の配役テストをする!}となれば、そのシーンだけは、彼は抜擢されそうなくらいです。私は、さっきまで必死で、なだめていたのですが、渡の巧妙な手口にもう{プッ!}と噴き出してしまいました。
{してやったり!}
と思った渡は、そのスキを狙って、入り口の方向へ向かって、大きな声で、
「ピノ~~キオォォォォ~~!!」と叫びながら走ってゆきます。これで渡の作戦はうまくゆき、彼は、It's a small worldの前を通らずに済むかのように見えたのです。
ところが・・・。ここは本家本元のディズニーランド。渡の迫真の演技が通じたのか、突然、ピノキオ御本人が、渡の目の前に立ちはだかったのです。渡が余りに大きな声で、ピノキオを呼んだので、園内を回って、来客者と握手をしたり、サインをしていたピノキオが、渡の前にやってきた。
さぁ、渡はこれで入り口に行く理由がなくなったわけです。渡としては、ピノキオのストーリーどおり、ピノキオは、出てきちゃいけないのです。今は、悪いサーカス団に捕まっていないといけないのです。渡は、もう口をぽっかりあけて、目は、くるみのように大きくなり、手に持っているものは、すべて落としそうになるくらい、呆然・・・と立ちつくしてしまったのです。言葉の遅い渡が、
「君は、悪いサーカス団のところへ行かないといけないのだよ。」言えるわけもなく・・。
困った渡のとった行動はただひとつ!{僕は、おじいさんなのだ。おじいさんの役をしているのだ。だから、このピノキオを一緒に連れていけばいいのだ・・・。}と思い、突然ピノキオの手をとり、入り口に向かおう!としたのです。すると、なんと園内に出没したピノキオは、おじいさんとセットで、歩いていたのです。だから渡が一歩、あゆみだそうとすると、そこには、本当のピノキオのおじいさんが・・・・。もう渡の逃げ道はありません・・。八方ふさがりの渡は、力尽き、結局、ママにしがみついたまま、奥のトゥーンタウンにいって、ミッキーマウスと対面できたのでした。