自閉症 渡の宝箱

自閉症の渡が、日々起こす騒動や療育についてとシリコンバレーでの起業、生活を綴っています。

友遠方より来るまた楽しからずや

19歳の時から知っているお友達がやってきた!

KLubの真田くんです。

話せば長いことながら。

学生時代に元彼の家によく出入りしていた私。実家から大学通いの元彼は、お手伝いさんとか、お父さんとかいらっしゃって、いつも楽しいので、よくお邪魔してお話ししていた。

お邪魔したある日、お手伝いさんがいらして元彼が

「お腹が減ったんだけど」と話していたら、

「弟さんも今、お友達をお連れでご飯を召し上がっています」という話になり。

「弟たち、何食べてるの?」と聞くと

「おうどんです」と答えていたので、

「じゃ、俺らもうどん」ということになって、お手伝いさんが、

「お部屋にお持ちしましょうか?」というのだけど、体育会系の私たちは、

「いや、部屋で食うのもめんどくさいから、弟たちと一緒に食うわ」となり、これまた体育会系の弟さんのお友達とわいわいとおうどんをいただいた。

 

それから月日が経つこと、ウン十年。

渡が小学生になった時に急に「僕は、サーフィンをやりたい」というので、必死で障害者のサーフィンのクラスを探した。けど、自閉症用のサーフィンクラスがなかったので、毎度のことだけど

「しょうがない。私がサーフィンを覚えて、渡に教えるしかない」と思って、私がサンタクルーズに行って、毎日のように練習していた。

ある日、遠くの方で二人の男性の日本語の会話が聞こえた。どうもサーフインが上手い人がサーフィンが初めてという人に教えている模様だった。けど、遠くにいる関係ない人たちなので、私は気にも止めず、必死に練習。

だけど、私は練習で何度もパドリングして波に乗ろうとしてたけど、うまくできず、なんとルールを破って、波が割れた人が乗った時に、手前にいる私が、波に乗っては行けないのに、波に乗ってしまった。もちろん次に起きることは衝突で、見事にぶつかってしまった私。謝り倒したけど、ぶつかった人はさっき友達にサーフィンを教えていた日本人の人でした。けど、怒ることなく、

「えっ?一人で乗ってるの?練習?」と言われて、私は自分の話をした。

「息子が自閉症で、サンノゼに住んでいるのだけど、どうしても息子がサーフィンをしたくて、ここまで練習にきた。この辺りには、自閉症のサーフィンのクラスがなくて、私が息子が学校に行っている間に、ここで練習している。それでどうしても乗れるようになって息子にサーフィンを教えたい」と話して謝罪した。

けど、

「ルールを破って、波に乗るのは本当に危ないから、これは謝るだけでは済まないよ」と言われて、私は途方に暮れた。そしたら彼が、

「今から乗り方教えるから。」と言って、教わって、なんとか立てるようになった。お礼のしようがないので、どうしようか?と何度も言うと、

「僕たち、サンノゼに泊まっているだ。だけど、サンノゼでご飯を食べれるところがわからないんだ」と言うので、

「じゃ、お連れしますよ」と地元民しか知らないようなBBQのお店に連れて行って、色々話した。

関西弁だったので、安心して話していたのだけど、話がどんどん盛り上がって

「あのさ、俺、昔、会ったことがある気がするんやけど」

と言い出して、私も初めて話す気がしなかったので、なぜだろう?と思っていた。そしたら、

「あっ、思い出した、お前、〇〇の元カノで一緒にうどん食べたやん!」

と言ったので、私もクリアーに思い出した。

「あぁ、あの時の!!!!!」となったのだった。いやー驚く。世界は狭い。サンタクルーズで元彼の弟の友達に会うとは。

そこから意気投合して、彼がこちらに来るたびに、いつもお声をかけてくれて、毎度ワイーナリーに行ったり、開発リーダーも仲良くなったので、リーダーが焼いて、みんなでBBQしたりしておりました。

これは、2017年の写真。

なんだかんだで、お付き合い20年以上。開発リーダーも15年以上のお付き合い。初めて会った時から数えると、40年近い。怖いわ。

お互い歳取ったねーと互いに労をねぎらいながら、今回もワインを飲みました。

いい時間だったわ。長く生きるっていいね。いつもこちらにきたら、声かけてくれてありがとうねー。これからも元気でまた酔っ払おう!