自閉症 渡の宝箱

自閉症の渡が、日々起こす騒動や療育についてとシリコンバレーでの起業、生活を綴っています。

この歳になって知った親族の存在。

さてさて、実家につきました。先日、私の兄弟の家の拭き掃除を手伝い、家族間で、

「ゆみは拭き掃除がうまいぞ」

という噂が流れました。喘息の息子を育てていたわけで、埃があまり彼には、よくないので。

私も実家の役に立つんだったら嬉しいので、台所の台を拭きました。こんな感じです。

ハロウィーンの本日(アメリカは前の日)は、子供達から友達みんなで明日に備えて、パンプキンを掘ったという写真が送られてきて、留守番を楽しんでいる模様。

夜は、久しぶりに父と一緒にゆっくり飲みながら、鹿児島で買った帰りちりめんの処理。内臓を抜いて、頭をとり、身の部分をミキサーでかければ、パウダーになるので、お味噌汁に入れるとあっという間にカルシウムが取れるので。

お話ししながら、内臓をとる。飲みながらとる。という感じです父と話していて私が初めて知ったこと。なんと父の親族が北海道にいたという話。

幼少期。

私は父の仕事の関係で北海道に住んでいた頃があり(1年半だけど)その時に私もその親族にあったことがあるという話でした。昔々、たぶん、大正時代か遅くても昭和の初めの頃の話。

親族は、北海道の小さなまちに移住して、そこを開墾し、畑を作ったそうです。どんどん開墾すると、どんどん人が流入してきて、まちになっていったみたいです。いまだに小さなまちだそうですが、ジャガイモ作りとかしてるらしいという話でした

その親族はうちの大阪の家にも遊びに来たことがあると言われたけど、小さいので、あまり覚えてない。けど、私の中で説明がつかない親族と言われる人が我が家に泊まっていったのは、よく覚えています。遠路はるばる遊びに来てくれたわけですね。

びっくりしたけど、面白いルーツを聞けました。

その話を聞いた後で、チョッと家から離れたイオンに行くと、なんとその街のジャガイモが、大量に売られていた!速攻で2袋も買い、持って帰って、父に見せたら、父は大喜びで、

「おぉ。これで肉じゃがが食べないなぁ」というので、すぐに作りました。食欲が落ちたという父が、しっかり食べていたので、帰った甲斐があります。よかったわ〜。

さて、明日は、再度ミナミに行きます。ふふふ。ちょっとしないといけないことがあるのよぉ。