渡が今期は英語を取り始めています。渡は英語が一番の苦手。英語のクラスを取る前は、教授とも話をしました。さらに渡を一番長く見てくれている言語療法士さんにも話をしました。
言語療法士さんは、
これはいいわねー。凄ーく難しいけど、再履修もできるし。渡には、いい挑戦だ。
ということで取る事が決定。
ところがしょっぱなから渡が大の苦手な問題がでてきた。
ダイレクトな表現と、そうじゃない表現についてです。
たとえば、
扉が開いてる教室で
寒いわよねぇ。
というと扉を閉めて下さいということ。
ところが自閉症の渡は、そういう表現はわかりにくいので、
扉を閉めてくれる?
と言われないと駄目なわけで。
この単元での問題は、
ダイレクトじゃない言い方をすれば、どういう効果があるのか?
渡にとっては何の効果もなく、わからないだけです..。
さらにエッセイは、ダイレクトな表現とそうじゃない表現の人の気持ちについて。
うー、そんなエッセイかけない。
英語が苦手な出来損ない理系の渡。自分でもできてないことが、よくわかってるので、大パニックに。英語、やめればいいのに...。私はやめる事に一票で、今年は教科書の予習をして、それから、来年取る事を勧めました。けど、それは絶対嫌らしい。まだ、挑戦もなにもしてない訳で。問題もやってないし、エッセイもまだだしていない。なにもしてない状態でやめるのは嫌らしい。どうも負けん気がでてきた渡は、挑戦しないでやめるのが許せないらしい。なので、10年近く通うスピーチセラピストに緊急でセッションを入れて頂きました。
大パニックの渡は、一気に集中。プロはすごい。エッセイも無事に書き始めて、提出までこぎ着けました。言語療法士さんは、
渡が今回落とすにしても、今は、やる気になっているので、無理。どうしても駄目だとなったら、その時は、渡ができないからではなく、先生が今期はもう教えないみたいだよ。だからクラスは無くなった。という言い方をしましょう。
とのこと。さすがです。わざわざできないということのレッテルを張る必要はない、ということですね。たしかにこちらがそんなレッテルを張らなくても常に、出来ない事とは対峙して生きている渡ですから....。
さて今回は、2つ目のエッセイ。
これはまだ前回よりマシですが、やはりエモーションな事が出てくるので、渡には理解が難しい。
物語は、
4歳の時にベトナムからやってきた人が、アメリカで育つ。彼女は、ベトナムの母親の習慣を受け入れるのが難しく、どんどんアメリカの習慣になじんで行く。
成人になった彼女は、ベトナムに行くのだけど、自分がここのカルチャーにすごくなじみがあり、自宅のように思ってしまう。けど、行商の人がベトナムで販売している豆腐を食べてその豆腐が自分が小さい頃食べていたものだと思い出す。アメリカでも食べていたのだけど、それは砂糖が入っていて、甘くて味が違う。
彼女は、その現地の豆腐を食べたことにより、ベトナムは自分の街だけど、ここは母国じゃないとさとる。
という話。問題は、
豆腐が教えてくれた事はなにか?
実は、渡は豆腐が大好きで毎日お味噌汁に入れて食べます。なので、渡の解答。
I like Tofu&みそ汁。
と御丁寧に日本語を使って書いている文章..
ありえんし。誰が「みそ汁」を読めるんだよ!!これで全く理解していないことがわかった。さてどうするか?大学の個人教授のクラスに行く手もありますが、(アメリカの大学はこういうところは、凄くきっちりしているので授業がわからなければ、いくらでも学べます。)けど、そこでどこまでわかるか?も謎。なので、お姉ちゃんが、物語りを絵にして教えてくれた。
左下から書いて、右上にあがっていく、あがっていけば、年齢があがるのと同じで解りやすいからだと思う。
一番したの絵は、左の子はベトナム人の主人公の子で、アジアのご飯をお弁当に食べていて、右の子はアメリカ人でサンドイッチを食べている。これは、お昼ご飯がちがうことが物語にか書かれてあったので、それを数学のイーコールに斜線をいれて、表現しています。ねーちゃん、すごすぎる。この絵をみて、やっとブレインストーミングができた渡。さて、どんなエッセイができあがるのか?
まだまだ長い道のりの渡です。