年末になってきたので、片付けをしていたら、昔のことを思い出したので書いていこうかと。私がアメリカに来たのは、サンフランシスコ地震の1週間後。1989年のロマ・プーリタ地震と呼ばれるものです。
ja.wikipedia.org
結婚して1年半くらい経ち、旦那へ海外赴任の辞令が降りたので、帯同した妻という立場で来ました。私は海外に全く興味もなく、英語の授業も嫌いだったので、海外赴任がある人とは絶対に結婚しないぞ。なんなら大阪でずっと働いてくれる人がいいと思っておりました。
旦那は当時東京で働いていて「希望すれば、大阪勤務もあるだろうし、北米には支社がないので、海外勤務はない」と言われておりました。
アジアの事務所の方にはアジアの言葉を話す人が採用されていたので、海外転勤はあり得なかったのです。
おぉ。これはいい条件。と思ったのは事実。けど、旦那に北米事務所の設立の任務が降りたわけです。この話は後述。
それで東京に嫁ぐことになったのですが、まー、東京都いうところは言葉が通じない。
クリーニング屋に行って
「すみません、カッターって何日で出来上がりますか?」と聞いても「はぁ?カッター?それは扱っていないですねぇ」と勘の悪いパートのおばちゃんに言われたり。
旦那に、
「これ、直しといて」と言っても、ただただ渡したものを見つめるだけで、片付けない。なんだ、こいつ!と思ったり。
さらには、関西人は、友達と話していて、別れる時には「じゃ、またねー」と言って別れるのだけど、(これはご縁を切らない。また必ず元気で会える。というおまじない的なものも入っているのかいしれない?とにかく関西人は、会話をブチって切ったりするのがあまり好きじゃない)関東の人に「じゃ、またね」と言ったら、戻ってこられてしまって
「私、あなたと次に会う約束していましたっけ?」と言われて、約束しないと東京の人って絶対にまたねーと挨拶をしちゃいけないんだ....と寂しくなったり。
東京で言葉が通じないというのは、あまり考えてなかったので、結構衝撃でした。
なんとなく寂しい思いをしていたところへ、旦那から「大変だ。アメリカ赴任の辞令が出た」ということで、あぁ。旦那には一人で行ってもらって、私は大阪に戻って仕事しよ。と思っていたのですが、単身赴任というのは当時の旦那の会社では許されなかったので、一緒に渡米することになりました。旦那からは、
「地震もないし、ゴキブリもいないので、いいところだよ」と言われたので、当時、大阪から東京に来た私としては、地震が怖くて怖くてしょうがなかったので、いい場所かもしれないと思って諦めて渡米しました。言葉は100%通じないと理解しているので、通じると思ってきた東京よりも衝撃度合いは、マシかもしれないと。
それで渡米して1週間で、ロマ・プリータ地震にあったわけです。英語が一言もできなかったので、この時は困った。この話はまた後日にでも。
一時的にマンスリーのようなアパートに住んでいて車もまだ納車しなかった上に、調理器具も地震の影響で届かなくて、調理もできないので、しょうがなく、昼間はアパートの隣にあったデニーズに一人で行くことに。英語もできないのに、一人で行けるのか?と思ったけど、それよりも私は
「ダイエット・コーラ」というのを飲みたかった。当時日本は、普通のコーラしか販売されておらず”ダイエットコーラ”というのがなかった。これをぜひアメリカに行ったら、飲もうと思っていたのでした。アメリカの他のことは、何も興味もなかったので、何を楽しみにすればいいのかもわからず。ダイエットコーラを楽しみにやってきた。それで地震で何も作れないし、しょうがないので、アパートの隣のデニーズにお昼ご飯を食べに、てくてく歩いて行った。前もって調べた
「すみません。ダイエットコーラください」
というフレーズだけは覚えたので、それを話した。そうしたら.....。何か大事件が起こったかの如く、店員がそれは売れない。というような感じのことを言った。当時、この辺りにアジア人はほぼいなかったので、
「あぁ、やっぱ人種差別があるのかな?」と思っていたけど、知ってる単語はダイエットコーラくださいのみなので、それを壊れたテープレコーダーのように何度も話していた。どんどん他の店員もやってきた。みんな必死で何か私に話している。けど、わからない。どうにか理解してもらおうと店員が何かいうのだけど、私は1ミリもわからない。そうするとさらにどんどん他のスタッフがやってきて、私の周りはスタッフだらけ、私は壊れたテープレコーダーのように
「すみません。ダイエットコーラをください」を何度も何度も繰り返す。
ドンドン人が増えてくる。けど、私はわからないので、ダイエットコーラしか言わない。怖すぎる。こんな話が通じない人たち大勢に囲まれるって怖い。とりあえず、スタッフの人たちが身振り手振りで何か言っているので、真剣に分析してみることにした。どうも彼らは、
「普通のコカコーラなら売れる」と言っていたようだった。私に対して、小さいとか食べないといけないとか、そういう言葉を言っている気がする。だんだん謎が解けてきた。
当時のダイエットコークというのは、太った人が痩せるために飲むというイメージ(これも間違ったイメージでアメリカに広がったのだけど)で、今のように、痩せた人がカロリーオーバーを気にして飲むというのものではなかったみたいだ。
私は当時体重は40kgくらいしかなったし、身長も低いので、スタッフは
「そんなものを飲まずに、普通のコーラを飲まないと死ぬぞ。」と言っていたみたいだ。そりゃそうだ。アジア人を見たことがないような人たちが、このちっさく痩せた人間がダイエット食品を食べようとしているので、そりゃ、止めるわ。コーラを1リッターくらいガボガボ飲んで、ステーキを1kgくらい食べとけよ!となる感じだろう。それでいろんなスタッフがやってきて、普通のコーラを飲め飲めと言っていたわけだ。結局、これは騒ぎがデカくなるということだけはわかった私は、普通のコーラにします。ステーキください。と言ったら、全員頷きながらバラバラと自分の持ち場に散って行った。
話している間に、CMを思い出したのも良かった。「コークと呼ぼうコカコーラ」というCMが日本であったので、それを思い出したわけだ。それで通じやすくなった。
これから大変だなーと思ったけど、コークは飲めるな。ステーキはなんとか頼めるなと思ったので、ここからステーキを毎日のように食べる日々が始まるのでした...。