自閉症 渡の宝箱

自閉症の渡が、日々起こす騒動や療育についてとシリコンバレーでの起業、生活を綴っています。

香穂がSan Jose Mercury Newsに掲載されました。

香穂がサンノゼマーキュリーニュースに掲載されました。

記事がこちら。

記事の日本語訳のだいたいの感じです。

プロスペクト高校4年生(卒業見込み)の久保香穂は、彼女の人生の全ての責任をこなしています。いい学生であること、良い姉であること、そして吹奏楽部の模範の一員を勤めているが、彼女自身はいろいろな役割を果たすために、自分の楽器を演奏する時間があまりありません。彼女は、ベストを尽くし、自分の役割を果たしています。

久保香穂(17歳)の成し遂げたことは、卒業後の彼女の進路に示されています。

日系アメリカ人一世として生まれた久保香穂は、異国の地で子供2人を育ててる親の信頼できる架け橋もしています。彼女の家族の一員としての責任はとても困難なものです。それは、弟「渡」は自閉症と診断されているからです。彼女は、その世話も引き受けながら高校生活を送っています。

「私の生活は、弟を中心に回っているんだよね。」と彼女は言います。

「私と弟は、小さい時からずっと本当に仲良しで、弟が何か問題を起こしたり、問題に巻き込まれたときは、私はそばにいて、いつも彼を助けてるんだよね。」

それは、逆のこともあります。

渡(15歳)は、私と渡が外でいろいろな好きなことをするときに、そのことのインスピレーションにものすごくいい影響を与えています。


久保香穂は、小学校4年生から吹奏楽部に在籍し、現在までトロンボーンの演奏をしています。彼女は、他の若い才能のある学生の中でもさらに際立って目立っていました。

学校の音楽科の総責任者であるライアン・グッドインナフ先生は、

「香穂は首尾一貫して、生徒のロールモデルとして、責任を果たしています。」

と言います。

「なにかあるときは、彼女は、いつも一番に助けるようにしています」

グッドインナフ先生は、香穂がどのくらいトロンボーンが得意であったかも知ってましたが、彼が本当に感銘をうけたのは、彼女が吹奏楽部以外で何をしていたのかを知ったときでした。

「彼女は信じがたい信念と並はずれたすぐれたものをもっている子供です。彼女の経験は、他の人たちを助けるという強い信念になりました。」

と彼は言います。

「すべての責任とすべきことをこなしながら、成功へと導いてゆくことが出来ている彼女に深い感銘を受けてます。」

香穂の育った環境は、普通の子供の幼児期のように簡単なものではありませんでした。それにも関わらず彼女は、子供のようなイマジネーションを持ち、日々追求力を持ち子供らしい想像力を発揮しています。

香穂は、常に絵を描きます。いつか彼女は、ディズニーのイマジニアになって、乗り物のデザインをすることでしょう。

彼女は今年から、舞台芸術を勉強しています。舞台裏の設計全てを確実にこなして幕を開けました。彼女は小道具を設計し照明を調節し、全てを準備してこの秋からのペパーダイン大学での舞台芸術の準備をしています。

香穂の通訳によると母親の久保由美は、こういいます。

「香穂が私の娘だということを誇りに思っています。彼女が大学に入学する前にあと少し一緒に過ごせる時間をうれしく思っています。彼女が高校を卒業することを大変嬉しく思い、大学で彼女の夢をかなえることを望んでいます。」

GPAは、常に3.6以上を保持し、それが香穂の環境にとってはとても難しいことを認めた上で、私は、香穂に聞きました。彼女は、

「時々難しいなと思ったときもあったけど、積極的にそして広い気持ちをもってがんばった。」といいます。

「演劇や吹奏楽を手伝うことは、私の中での一つの息抜きのようなものでとても楽しかった。」と香穂がいいます。

「家に帰ったら、また私は弟の世話を楽しんですることができるからね。」

昨年度香穂は、自閉症の子どもたちの発表の舞台を自分からすすんで手伝いました。そのときに自閉症の子どもたちは、本当にすごい才能をもっていることに気がつきました。それに、彼女は、そこに簡単にとけ込むことが出来ました。

香穂は言います。

「彼らが舞台や音楽のステージをしたいと思ったとき、私は彼らと一緒にやっていきたいし、演劇をとおしてサポートもしたいんです。」

香穂は、卒業に対して少し神経質になっています。それは親と弟と離れてしまうからです。

香穂は、ペパーダイン大学に行って、彼女は自閉症の学生グループの為に活動したいと思っています。たぶん、それは彼女が家のことを思い出すことになるでしょう。

訳をしてくださった方ありがとうございます。

写真は、

f:id:kuboyumi:20090706115543j:image

こんな感じです。


香穂は、卒業式の数日前に、

「なんか、新聞社の人が、取材に来たんだけどさー。」

と話しておりましたが、私たちは、すっかり忘れておりました。

そしたら、渡のスピーチに香穂と私と渡と3人ででかけていったら、スピーチセラピストの方が

「あぁ、あなたね。有名人の香穂!」

と言われて、記事の切り抜きを手渡されました。

もう渡のスピーチそっちのけで二人で読んでおりました。

どうも掲載された日には、学校も終えていて、連絡もとれずそのままだったようです。

あぁ。びっくりした


けど、香穂がこのような記事になったのも、それは小さい時から周りの方たちがものすごく香穂を助けてくださったからです。渡で大変なときに、寂しい思いをしないようにと毎日のように自宅に遊びに来てくれた方々。渡が小さいときに、一緒に遊べないからと思い、勤務中もどうやって姉弟(香穂と渡)が一緒に遊べるか?を考え、我が家を訪れて遊んでくださった方。渡が緊急病院で非常に危険な状態になったときに駆けつけてくださった方々。

もうあげたら切りがありません。そのような方たちに守られながら、私たち家族はここで生きてきました。

皆さん本当にありがとうございます。

これからも香穂は、自分の目標を定めて、楽しくがんばってゆくそうです。よろしくお願い致します。