日本で足を痛めた私。日本でお医者さんに、
「アメリカに帰ったらちゃんと先生についてね」
と言われていたので、整形外科の病院に行きました。朝一番の予約を取りました。娘が病院で
「足が痛いと階段とか、歩行とかモタモタしてしまうので」と心配してついてきてくれました。
待合室で待っている時に、元気な男性の人が受付の人に大きな明るい声で、
「あのさ、俺の誕生日ってX年X月X日で合ってる?」
って聞いていたので、
「えっ?自分の誕生日をわすれちゃったの?なんの病気なんだろう?」って思ってしまいました。若年性認知症になるには若すぎる感じの年齢です。
受付の人が笑うこともなく真剣に、
「それであっています」と答えたら
「レバノンから出てくる時にさー。誕生日をいつって決められたか、覚えてなくて」
えっ??そんなことになるの?と思うわたし。
多分彼はレバノンの内戦(1975年から15年くらい続いた)あの時に、巻き込まれた人だ!とわかりました。
彼は自分の誕生日を初めて会った病院の受付女性に聞くということが少し恥かしかったのか、顔を少し赤くしたところで、受付の女性が言いました。
「私の友達のお兄さんも親族も自分の誕生日がわからないっていう話をしていました。あの時は本当に大変でしたね」と話している。男性はちょっとホッとした顔をして受付手続きを終えました。
私は、戸籍がある日本に生まれ育立ち、自分の誕生日がわからなくなるということもなかったし、そういう人に会ったこともなく、今まで来ました。
なんか胸が締め付けられました。
やっぱり戦争って絶対にしちゃダメだよ。自分のアイデンティティまで失ってしまうこと起こるから。と思った日でした。