日本の実家へ帰省していたときのこと。息子の渡と散歩から戻ると、お向かいの家の前で、郵便配達のバイクが倒れているのが見えました。若い女性の配達員さんが、重いバイクが倒れてしまい持ち上げられなくて動けなくなっています。散乱する郵便物。
慌てて駆け寄り、「助けますね」と声をかけると、彼女は私たちの存在に気づき、「いえ、重いですから」と遠慮がちに言いました。
「重いから、助けますね」
そう返すと、彼女の目に涙が浮かぶのが見えました。
昔のようなのんびりとした自転車配達とは違い、今の配達バイクには、制限の限界まで重い荷物が積まれているのでしょう。渡と一緒にバイクを起こそうと力を入れましたが、確かにものすごい重さです。幸い、渡は日頃からジムで筋トレを続けているおかげで、なんとか一緒に持ち上げることができました。
彼女が何度も渡に「ありがとうございます」とお礼を伝えてくれると、渡はなぜか英語でこう答えました。
「僕、筋肉あるから(I have muscles)」
私は、思わず心の中で「なんで今、自分のアピールやねん!」とツッコミを入れてしまいましたが、ひとまず彼女に
「ご苦労様です。本当に重いので気をつけてくださいね」と伝え、その場を収めました。
アメリカに戻った後、渡はこのエピソードを、大好きなジムのトレーナーさんに必死に伝えていました。言葉が足りない部分は、付き添っていたお姉ちゃんが通訳をしてくれます。
話を聞いたトレーナーさんは、渡にこう語りかけてくれました。
「自閉症の渡が、困っている人を見てすぐに行動を起こせたことがまず素晴らしい。そして、鍛えた筋肉を『人を助けるため』に使ったというのが最高に素敵だ。自閉症の人は、突発的な事態に気づいても、それを言葉にして助けを申し出たり、実際に動いたりすることに強い緊張を感じて、ワンテンポ遅れてしまうことが多いからね。渡、お前はすごいよ。さすが俺の親友だ!」
この言葉に、渡は誇らしげに満面の笑みを浮かべていました。
以前の渡であれば、きっとあの場で固まってしまっていたと思います。
けれど、言葉や文化が違う日本での滞在を通じて、「自分から話さないと通じない」という環境に身を置き、彼なりに挑戦し続けていたからこそ、あの瞬間、自然と体が動いたのかもしれません。
環境を変え、日常から飛び出す「旅」をすること。それは自閉症の彼らにとっても、大きな成長のきっかけになるのだと深く感じた出来事でした。