自閉症 渡の宝箱

自閉症の渡が、日々起こす騒動や療育についてとシリコンバレーでの起業、生活を綴っています。

ラスベガスの前にカリフォルニアの歴史に接する!

さて無事に3日間のディズーランドでの日々を終えた私たち。渡は、2日目もお姫様と言っておりましたが、これは約束破りなので却下。実は、

「一日目は渡の御姫様につき合うが、2日目と3日目は私と香穂の行きたいところに行く。」

という約束をしたからです。渡は御姫様を連呼しておりましたが、私と香穂に

「次は香穂の番。順番と約束を守れない人は、二度とディズニーにはこれないし、お姫様も好きじゃないと思うよ。」と言うとピタッと言うわなくなり、ご機嫌で一緒について来ました。

さて、デイズニーの後は、ラスべガスの予定ですが、その前にBarstow(ラスベガスの240km程手前)という街に泊まることが決まっておりました。実はこの街の近くに、映画のエリンブロコビッチの舞台になった街があるので、そこを再度見ておきたかったからです。

けど、あまりに早く着きすぎたので、隣町のゴーストタウンのCalico(キャリコ)に行くことにしました。

ここは、銀の発掘で有名は街です。街の風景はこんな感じです。

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カリフォルニアは、1849年は、49’sと言われる金の発掘の人たちで盛り上がりましたが実は、1881年には、このCalicoの銀山が見つかり、1883~85年には、500の鉱山と人口1200人だった街です。1882年には街に郵便局もできました。

1890年には、銀のブームは最高に達し、推定3500人がおりました。多くは中国、イギリス、フランス、アイルランドなどから一攫千金を夢見た人がやって来ていました。この年は銀の需要をもっと高めようと、彼らは政府の介入を望み政府は「シャーマン銀購入法」を制定しました。

ところが、これが裏目にでてしまい、金の需要はのびたものの、銀の需要は伸びず、1898年には、郵便局も廃止され、学校も閉校になりました。

現在の街は当時の復元ですが、電車も走っていたりします。

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展望台からみるとこんな感じ。

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これらの街がなぜ復元したか?というと、1966年にナッツベリーファーム(現在は遊園地の名前になっていますね。)の創業者である、ナッツさんが、この街を買い取り、このcalicoがあるカウンティに寄付したため、復元が可能になった訳です。ナッツさんがつくった会社は、現在はジャムで有名ですね。こんな感じのジャムです。

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Calicoは、1962年にカリフォルニアの歴史的建造物に指定され、2002年には、ゴーストタウンとして認定されました。

さて、母の私がこれだけ学んだので子供たちはもっと学んであろうというところですが、実は彼らは蜂が大の苦手。当日は40度と暑かったこともあり、街では蜂が飛んでおりました。それらを避けるために走ったり、手で追い払ったるする為に、さらに蜂を刺激したようです。逃げ惑うのに必死なのと暑さであまり街は見ていなかった模様。

なんだかなー。と思いましたが、今日のブログは彼らが忘れないようにとの記録です。カリフォルニアにお住まいの方はぜひ立ち寄ってみてください。入場料は1人8ドルでしたが、カリフォルニアの歴史に触れることができます。