自閉症 渡の宝箱

自閉症の渡が、日々起こす騒動や療育についてとシリコンバレーでの起業、生活を綴っています。

社会貢献が少しでもできれば、自分を自分で追いやることもなくなるのではないか?ということを自閉症の息子から学んだ今年でした。

そろそろ今年も終わり。今年、自閉症の息子から学んだこと。人間、助けられてばかりだと、ちょっとせつなくなくなるんじゃないかな?ということ。

渡は重度の自閉症で、親としては、親なき後、どうやって彼が社会の人たちの支援を得ながら行きていくか?ということに重点をおいてしまうのだけど、今年は息子が長年続けているボランティアに力を入れたがっていたことから、いろいろ学びました。

人間としてうまれてきたからには、100%他人様から支援を受けるばかりでは、自分の人生を生きている、自分の人生を楽しいと感じることが難しいんだなということ。助けていただいたら、その100%を返すことは無理だとしても、たとえ1%でもいえ、たった0.01%でも、少しでもいいから、社会に返したいと思うんだろうな、ということ。

そのことによって、自分の生きがいというか、社会に存在していい、というか、喜びを感じるんじゃないかということ。そういうことを自分の中で考えることができるんじゃないかと。

どうしても障害者支援というと、必要な支援ができているか?に、周りの大人は目がいってしまうのだけど、渡だって社会のためにお役に立てることがあるのなら、頑張りたい、と思うことで、社会での居場所を感じることもあるんじゃないかな?ということを学びました。いやー、小さい時から、このことは私の課題で、息子ができるボランティアをさがしてきて、できるものからやっていたのだけど、今年の息子をみていて、一本筋の通った社会貢献を彼なりに、必死でやっているということを認めることができた年でした。これは数年間息子が1日たりとも休まず、雨の日も気温が40度の日も片道2時間半かけて通ったボランティアを続けきた彼の信念から学びました。親バカなんだろうけど、これはこれで母なりに嬉しく学びました。

実は、どんな人でも社会貢献ってやってるんですよね。「あなたの笑顔をみてるだけでホッとする」という人がいれば、それだってその笑顔が人様にたいする社会貢献。息子は飢餓撲滅ということに重点を置いていたけど、これはこれで彼のライフワークの一部なんだろうなぁということは、なんとなくわかった母でした。けど、たぶん、完璧には彼の気持ちは理解できていないんだろうな。だから、どんな男の子でも思春期になって「母、うぜー」って思うことがあるんだろうな、と思うわー。

これって、なんか、思春期の息子をもったみたいで、それはそれで楽しいじゃない?いやーこれをブログに書き込んでいることで、「かーちゃん、うぜー」と思ってるだろうな。まぁ、それも会話ができない知的障害をもった子供を授かったから、遅ればせながらでも体感できて、いいかなーと。思春期なんてこないんじゃないかな?と思ってたし。

さて、今年もそりゃーいろいろあった年でしたが、とてもいい年でした。来年も頑張っていい年にしたいな。みなさま、今年もお世話になりました、来年もよろしくでございます。